たしか3年ぶりくらいにQuintさんと共作した楽曲です。
昨年はQuintさんもBOFからは手を引いていましたが、今年は気が変わりました。

過去の合作曲amorphousとの比較
前回Quintさんと共作した楽曲「amorphous」が私の人生初の楽曲共作で、確かQuintさんもこれが初共作だった記憶があります。

amorphousは共作をやりたいという思いだけで作り始めて、BPMと4/4拍子にしないこと以外は何も打ち合わせず、どうやって違うDAW間で音声を共有すればいいのかすら定かでない中、互いの音楽性とライブ感だけを信じて作り上げた楽曲です。当時我々は、互いに作ったステムを送信しあい、受け取ったステムをDAW上に並べながら相手がどういう曲調を目指しているのか察しあったものです。

それと比べて、2度目の共作である「Night Parade Zoetrope」はかなり整った楽曲にできたと思います。

事前にBPM125のTech Houseにすることも決めていたし、互いがどのパートを作るかもすべて決めていました。私にとって唯一の心残りは「音が多すぎる」ことですが、私は(多分Quintさんも)せっかくの合作らしい合作曲に引き算を適用する気にもなれませんでしたし、妥当な落としどころだったかなと捉えています。要するに、お互いにお互いが出来る範囲のことをして、自然と出来上がった曲がNight Parade Zoetropeです。

制作過程
制作プロセスについて、前回の反省を活かして合理化しました。

まずは以下の通り担当楽器別に役割を決めました。
Quintさん: リード、アシッドベース、ブレイクビート、サンプラー類
RykSeb: ベース、キック、ハイハット、パッド、ピアノ

その後、私がドラムマシンを叩いたりコード進行を作ったりしてひな形を作りました。次にQuintさんがそれに合うメロディーを作ったりサンプルをスライスしたりしました。最終的には各自好きなように音を追加していき、もう良いかな、というタイミングで私のDAWにステムを全部並べてミックスしました。共作ってメイン作者とサブ作者に分けた方がスムーズに進むんだな、という当たり前のことに気が付いた一曲でした。

感想
今回改めて実感したことですが、共作すると、一人では出来ない曲を作れます。つまらない言い方ですが、「コミュ力」次第で自分のスキルの壁を越えることが出来るということです。

逆に言えば、合作を通して自分のスキルを越えられるからこそ、自らの「引き出し不足」をはっきり自覚する場面も多かったです。これまで私はノンジャンルで何でも作曲、とやってきたつもりでしたが、いざ共作してみると、自分が自信をもって「このパートはこうします」と相手に提案できる分野の狭さに愕然としました。

結局、私が理想としていたダークな音空間は実現できず、手癖という狭い選択肢の中で音や展開を選ぶことになりました。仮に今からもう一度同じメンバー、同じBPMで共作を行ったら、おそらくはNight Parade Zoetropeと非常に似た曲ができるでしょう。BMSでも商業でも、名曲とされる合作曲は枚挙にいとまがありませんが、その成立過程で別に魔法が起きている訳ではなく、結局はメンバー個人の作曲スキルが集大成された結果として、名合作曲が生まれるのだろうと思います。




以下、書くか迷いましたが、今回合作するにあたって、近年のBOFを取り巻く環境について持論を再認識するに至ったので、率直な思いを記しておきます。

まず大前提として「BOF運営は善意によるボランティア」であり、テイカーである私がボランティアに対して指図をするのは本来おかしいことです。その上での妄言なのですが、今後のBOFにG2Rルール(=事実上の音切り共作禁止)を適用するのは二度と辞めてほしい、と率直に言いたいのです。

個人的な理由としては、私が2025年初頭からBMSの共作を計画しており、6月ごろにルールを読んで「寝耳に水」だったことが大きいです。
また客観的な理由を挙げるとしたら3点あり、1つ目はアンフェアな抜け穴があること、2つ目はルールの遵守が立証不能なこと、3つ目は海外BMS作家からのアクセシビリティの問題です。
1. アンフェアな抜け穴の存在
 G2R2018ではlitmus*さんが人海戦術(litmus*氏が作曲した3曲のBMS化を3人の別人に依頼)を取り、事実上の一人3曲チームを実現させました。
 これ自体はルールに則ったフェアな行動であり、litmus*さんの行動は正しいです。しかし誰もがlitmus*さんと同じように、自分の曲3点のBMS化を別人3人に依頼できる訳ではありません。同じ手段をとれるのは、BMS化という無償労働を要求できるだけの盤石な人間関係がある作者か、嫌な言い方ですが権力がある作者だけです。

2. ルールの遵守が立証不能
 仮に提出されたBMSが実際には「BMS制作者」の要件を満たしていなかったとしても、その作者が「自分が一人で音切りと譜面作成をしました」と嘘をつけば失格になりませんし、誰も彼らの嘘を立証できません。したがって、G2Rルールが適用されている場合の参加者の最適解は、ルールを熟読したうえで破り、クレジット欄に嘘を書くことです。
 BOFは非営利の同人イベントであり、BOF参加者は誰もが趣味を追い求める善良な人間であり、そんなイベントを面白くするためにルールがある、というのが理想の姿です。しかし、現実にはごにょごにょごにょなわけです。少なくとも、嘘をつかない人が多くの不利益を被る状況は良いとは言えません。
(もちろん私は、全参加者から物的証拠の提出を求めろと言いたいのではなく、そこまでしないと健全に運用不可能なルールなら、無いほうがマシだと言いたいのです)

3.海外BMS作家からのアクセシビリティ
 仮にインドネシア人のBOF参加者がいたとして、英語版ルールをGoogle翻訳にかけて読んだが、誤訳されていないか心配になったのでオリジナルの英語ルールを見返すとしましょう。しかしBOF21の英語ルールの単語数は約8000語あります。たとえば大学入試共通テストの英語科目には計5500語程度の英文読解が含まれ、試験時間は80分であることを考えると、かなりの負担になると想像がつきます。
 BOFは伝統的にルールが日本語と英語の2言語で併記されますが、今年のBOFにおいて、ルールの「読解不足」が原因で失格になった参加者に中国出身者、韓国出身者が多いのは、私は偶然ではないと思います。
 もちろん、ルールを正確に読解できないのは、読解できない側のミスでしょう。しかし他の、よりシンプルで訳しやすいルール文を持つBMSイベント(例: PABAT!)と比較してどうか?という点が疑問なのです。
 望む・望まないを問わず、BOFはもはや日本人のローカルイベントではなくなってしまいましたし、その中であえて言語的障壁が残されていると、どうしてもガラパゴス的に映ってしまいます。


BOFの批判をすると、どうしても運営に対する批判のようなニュアンスを帯びてしまうのですが、私は運営チームが悪いことをしたとは思っていません。むしろ、ボランティアにもかかわらず、イベント運営という重責に極力真摯であろうという意気込みを感じていて、批判がかなり心苦しいのです。

じゃあ何が悪いのかといえば、そもそも、最近のBOFが過度に大きく複雑になっているせいでは? という感想になってしまう。

確かに例年実に500曲もの新曲がムービー・譜面付きで上がるBMSコミュニティの誇る一大イベントではあるのですが、その権威の大きさに対してルール面の整備が追い付いているかというと、多分追いついていないのですね。G2Rルールを見直すなど、改善できる点は多々あるとは思いますが、根底は構造的な部分にあると思います。数十名もの参加者がルールの裏を搔き始める一方で、あたかも「プロを目指す登竜門」として厳正な審査を期待されたりしている。結果的に、その辺のハードルの高さが才覚ある若手を遠ざけるフィルタリングとして機能してしまい、本来の役割を見失っているようにも感じます。が、それは運営チーム一人二人の力で変えられる状態ではないと思うのですね。

10年くらい前からBOFで高得点を獲得することの意味合いが大きくなってきて、でもBOFって本来は善意の有志による「ミニ・イベント」なはずなんですよね。その辺のチグハグさが、過度に複雑かつ(言葉は悪いが)場当たり的なルールを制定せざるを得ない原因なのかなと。

大変穿った見方ですが、G2Rルールも「これは厳正なコンペじゃないよ」という主張を込めて、敢えてアンフェアを承知で差し挟まれた可能性すらあると思っています。だから、個人的に納得いかないにしても、表立って批判したくはないのです。そのうえで、私個人としてはG2RじゃないBOFのほうが居心地が良いからそっちにしてほしい、というか、未来側に行ってほしい、と言いたいのです。

なお、Sunsetというアルバム企画は、BOF外のBMSに対してGroundbreakinGのような本格的なWebアルバムを作る試みで、個人的にはBOF以外のイベントへの興味分散の一手段として非常に興味深い試みだと感じています。BMS作者がクリエイターである限り、再生数や認知度が少しでも稼げる方向に行きたがるのは自然なことで、BOF外BMSに対してSunsetが脚光を当ててくれることで、多少BOFに対するプレッシャー軽減にはなるのかなと。