もう「vcv rack VST 無料」と検索する必要はありません


1. 概要


 PC上で動くモジュラーシンセサイザー環境として有名なのが"VCV Rack"です。

 基本的にオープンソース、無料で使えるソフトで、大量のサードパーティー製モジュールを駆使して色々遊ぶことができるというもの。たとえばVCVが開発したオシレーターに、Audible Instrumentsが開発したフィルターを組み合わせる的なことが普通にできます。追加モジュールは有料無料ともに多数用意され、Audible InstrumentsやBefacoなど有名なユーロラックモジュールのクローンも、一部or全部が無料で使えたりします。端的に言って素晴らしいソフトです。

 しかし、VCV Rackは基本的にスタンドアロンのソフトです。そのため、DAWの音源として使うにはブリッジを挟む必要があります。お手軽ではありません。そこで、公式からVST/AUプラグイン版というのが販売されています。が、価格は$149と、これもあまりお手軽価格とは言えない気がします(セールの話もあまり聞きません)。

 そんな中、ここ最近登場した選択肢がCardinalです。CardinalはVCV Rack 2の非公式派生版で、VST/AU/LV2プラグインとして、DAWのソフト音源として普通に動かせるシンセです。オープンソース開発で、誰でも無料で使えます。元々VCV Rackシリーズ自体がオープンソースであるため、こうして非公式で改造版を作ることも可能なのですね。VCV Rackがバージョン2になる以前はVeeSeeVSTRackが似た枠としてありましたが、2019年を最後に更新が止まっています。

2. インストール方法


 https://github.com/DISTRHO/Cardinal にて配布されています。配布先はGitHubですので、Releasesから各自の環境に合わせた圧縮ファイルをダウンロードする形となります。
 ダウンロードしたファイルを解凍すると、vstとかvst3とか書いてあるフォルダが出てきますので、vstは一般的なVSTフォルダに(WindowsならC:\\Program Files\\Steinberg\\VstPlugins)、vst3はVST3フォルダに(C:\\Program Files\\Common Files\\VST3)フォルダごとコピーします。
 CardinalFXとCardinalSynthに機能的な違いはなく、DAW側にエフェクトとして認識されるか楽器として認識されるかの差だそうです。Reaperなど、エフェクトにMIDIを普通に流せるDAWを使う場合は、FXだけ導入するのも手です。

 あとは普通にDAWから読み込むだけです。会員登録などは必要ありません。
 なお、Cardinalにはどうしても相性問題が指摘されているようで、頑張っても動かないときは動かないらしいです。

3. 他のVCV Rack類との比較


 有料で販売されている公式プラグインとCardinalはそれなりに競合していますが、公式との棲み分けは作者の方もよく意識されているようで、両者の差はこれくらいあります(主な差異のみ掲載)。操作方法などはVCV Rack 2とほぼ共通です。
  • Cardinalは外部モジュールの読み込みが不可(逆に、600個以上のモジュールが内蔵されているので手間いらず。モジュール同士の相性問題などが無い)
  • Cardinalには多くのオープンソースで開発されているモジュールが内蔵されているが、逆にオープンソースではない既存のモジュールが今後内蔵されることはない。
  • VCVデフォルトの"Fundamental"モジュールセット非収録(後日収録可能性有りとのこと)
  • プラグインの音声入出力が2チャンネルのみ(公式版は16チャンネル)
  • CardinalのWindows版ではラック内に外部のプラグイン(VSTとか)を読み込めない(公式版は30ドル追加で払えば読み込める)
  • 逆に、VCV Rack 2公式版には対応していない一部のモジュールが、Cardinalには収録されている(RackWindowsなど)
 また、片や商用ソフト、片や個人開発のフリーソフトということで、安定性やサポート面などの差異もあると考えて良いでしょう。

 おそらく最大の制約は、「オープンソースのモジュールのみが収録されており、収録されていない(それ以外の)モジュールは一切使えない」というもの。もちろん、オープンソースのモジュールにもそこそこ良いものは多いので、収録モジュールだけでも十分楽しめると思います、が、「すごく良い」といえるようなモジュールに関しては、ほんの、心持ち、少ない印象が……。

 なお、外部モジュールが読み込めないという制約は、どの環境でもパッチの互換性が保たれるというメリットでもあります。誰かがCardinalで作ったパッチは、ほかのCardinalでも動きます。VCV Rack本家の場合、誰かが作ったパッチを自分の環境にダウンロードして使うためには、そのパッチに含まれるモジュールを個別に導入する必要があるため手間がかかり、あまり現実的ではありません。

 Cardinalの使い方としては、基本的にはVCV Rack 2と共通ですが、いくつかの入出力にかかわる重要モジュールがVCVデフォルトからCardinal独自のものに置き換わっています。でもまあ、VCVが使えればCardinalも使えると思います。

 ちなみに、VCV Rack1時代の非公式移植版VeeSeeVSTRackとの差異は以下の通り。
  • VeeSeeVSTRackには、シンプルで使い勝手の良い"Fundamental"モジュールセットが収録されている
  • Cardinalはポリフォニックに対応している
  • CardinalのほうがGUIが新しい分洗練されている
どちらを使うかは場合によりけりですが、私だったらGUIとポリフォニックのメリットを取ってCardinalを使うと思います。収録モジュール数は大体変わりませんし。

4. モジュール選びのヒント


 Cardinalに内蔵された700個程のモジュールをすべて把握し、常に目的に合ったものを選ぶのは大変です。そこで、ちょっと触った程度の私ですが、有用性が特に高いと思われるブランドを紹介しておきます。

Audible Instruments
Mutable Instrumentsとして実機が存在するモジュールのクローンです(Mutable Instrumentsは、デジタルモジュールのソースコードをオープンにしているため、理論上は実機とまったく同じ音が出ます)。実機がそれなりに評価され売れているようで、それとほぼ同等のモノですので期待値は高いです。というか無料で使えるのがおかしい。
一般的なシンセに慣れていると、やや使い方がトリッキーに感じられると思いますが、モジュラーシンセ特有の操作感を味わえるというのもそう。
使い方は検索すると早いと思います。日本語での解説記事が存在する点も地味にポイントが高いです。

Bog Audio
オシレーターやエンベロープなど、基本的な要素を一式揃えているブランドで、どれもCPU負荷が軽く、ほぼすべてがポリフォニック対応しているという点で高い汎用性を持ちます。操作も直感的で使いやすい。
作者による解説(GitHub、英語)

Befaco
Audible Instrumentsと同様、実機が存在するモジュールのクローンです。これも白眉といっていいでしょう。

Grande
ポリフォニック信号を扱うときのユーティリティに加え、貴重な微分音要員でもあります。ここのQuantMTというモジュールを使うと、CardinalのV/Oct信号を任意の平均律に調律できます。
作者による解説(GitHub、英語)

MindMeld
手堅いミキシング用のモジュールを揃えたブランド。自由に描ける8チャンネルLFO"ShapeMaster"が優秀そう。

RackWindows
異色のデベロッパーAirWindowsによるエフェクター類をVCV規格に移植したもの。個性的ながらも、どこか有無を言わさぬ説得力がある唯一無二のサウンド。特にCapaitor、Console、MVは個人的には必聴。

Valley
モデルとなったハードウェアは存在しないものの、比較的人気の高いブランドらしい。なんとなくですが、良い意味での難解さ、本物のモジュラーらしさがあるように感じます。
公式ページ(英語)



5. 総評的なやつ


 個人的に、DAW上でわざわざモジュラーシンセを使う意義って、定石にとらわれない音作りができるって点がほとんどではないかと思っています。定番の音は普通のシンセで作ったほうが早いし、大体はそちらのほうが良い結果になります。だから、Voltage Modularのように、高品質で誰にでも使いやすいモジュール(ADSRとか)ばかりが並んだ環境は、見た目に反し、あまり実用的とはいえないとも思っています。逆に、よくわからないモジュールが沢山内蔵されたCardinalは面白いと思いますね。定石、崩し放題です。……ただ、良い意味でも悪い意味でも時間泥棒です。俺の使い方が悪いのかな。

 確かに、開発元応援の意味でも、拡張性という意味でも、VCV Rack公式のプラグイン版を購入するのが一番というのは間違いありません。ですが、正直そんなに予算が割けないとか、大量のモジュールを個別導入する手間が面倒とか、あるいはモジュラーシンセ自体初心者でとりあえず触ってみたいとか、そういう理由でCardinalを選び、オープンソースの恩恵に与るのも、全然アリだと思います。ブリッジを駆使して公式の無料スタンドアロン版を無理やりDAWで使うのも、まあ、ナシではないですけど。

 あと最後に、Cardinalはもちろん「VCVの粗悪な代用品」ではないし、まして「グレーゾーン」では決してないです。むしろ、オープンソース文化と開発者の善意が育んだ財産と思って、存分に使い、作ったパッチをどんどん共有していくとか、そういうのがCardinalの楽しみ方じゃないかと思います。